子どもはお母さんを選んで生まれてくるという魂の話を信じますか?

生まれる前の記憶を持っている子どもたちがいることを知っていますか?

大人が聞く耳を持ってさえいれば子どもたちは不思議な話を聞かせてくれるそうですが、ほとんどの大人がそのことを知りません。

子どもが生まれる前の記憶には、胎内記憶、誕生記憶、中間生の記憶、過去生の記憶の4つがあるそうです。

今日はちょっと不思議な話に耳を傾けてみませんか?

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実は3人に1人の子供が胎内記憶、誕生記憶を持っている!

生まれたばかりの赤ちゃんは何もわからない、真っ白の状態で生まれてくるのでとてもか弱い存在だと思っていませんか?

最近になって赤ちゃんには従来考えられていた以上の能力が備わっていることがわかってきています。

たとえば、皮膚感覚は妊娠10週くらいから機能し始めます。皮膚は巨大な耳と呼ばれるくらいですから、この頃からすでに、赤ちゃんは音を振動として全身で受け止められるのです。

また、聴覚は胎生一週間後に原型ができ始めます。

20週で音楽を聞き分け、28週で音にあわせて体を動かすことができます。

お母さんの声は骨伝導で聞こえるためおなかの赤ちゃんには良く聞き分けられるそうです。

視覚は胎生7-10週から育ち始めて、誕生のころにはかなり発達を遂げています。

生まれたばかりの赤ちゃんでも、物をじっと見たり、追視することができるのです。

つまり、赤ちゃんには大人が想像する以上の能力があって、周りの状況のかなりのことを理解しているようなのです。おなかの赤ちゃんが外の世界の情報をかなり得ていたとしても不思議ではありません。

子どもは親を選んで生まれてくる(池川明)18Pより引用

 

「ママのおなかの中は、暗くて、あたたかかった」

「水の中に浮かんでいた」

「逆立ちしていた」

「生まれたときは、寒かった」

「まぶしかった」

などは典型的な体内記憶・誕生記憶だそうです。

中には「自分がママのお腹にいるときにママが貧血を起こして休んでいたことがあるね」と指摘した子供もいるそうです。

3~4歳の子どもは生まれる時のことを良く覚えているそうですが、年齢が上がるほど忘れてしまうのだそうです。

皆さんのお子さんもこの記憶を持っているかもしれないし、聞いてあげると話しはじめるお子さんがいるかもしれませんね。

生まれる前の記憶を語り始める子どもたち-ママを選んで生まれてきたよ

池川先生は子どもたちの体内記憶、誕生記憶を集めていくうちに生まれる前の記憶を持つ子供たちに出会うようになります。

中間生の記憶と呼ばれる生まれる前の記憶はお母さんのお腹に入る前にどこにいたのか、どのように過ごしていたのかということですが、典型的なのは雲の上で神さまや天使たちと過ごしていたというものです。

ここでハア??と思う方もいることでしょう。

でもこれは実話です。

子どもたちが選ぶのはお父さんよりお母さんが多く、一番人気は「優しそうなママ」です。

そして、居心地がいい世界を出発して、あえてこの世に生まれることを決める、というのです。

「向こうの国には子どもたちがいっぱいいて、上から「あのママがいい」とか「かわいい」「やさしい」とかいって、みんなで見ているんだ」 

「ぼくね、雲の上にいてね、ああ、あそこの家がとってもいいな、いきたいなって思ってたんだよ。だから僕、ここに来たんだよ。来てよかった!」

「子どもは親を選んでいる」というと、必ず「虐待される子どもも自分で両親を選ぶのですか」という質問が出されます。答えは「イエス」。

「子どもは、虐待されることも全部知って生まれてきます。それは、親に『そんなことをしてはいけないよ』と教えるためです。もし役目に失敗しても、何度でも生まれ変わって同じことを繰り返します」と語っています。

子どもたちがそんな健気な気持ちで生まれてくれたことを知って、親が少しでも気持ちを変えてくれるといいなと思います。

同書85~87P

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無事に生まれてくる子供ばかりではない‐流産や病気の場合は?

先生の質問は続きます。

人間はどうしてうまれてくるんだと思う?

子ども「いろんなことに役立つように、生まれて来るんだと思います」

赤ちゃんて無事に生まれてくるばかりじゃないよね。流産しちゃう赤ちゃんもいるけど、その子たちは何のために生まれてくるんだろう。

「流産の場合は、外の世界を早く見たいっていう気持ちから生まれちゃうことが多くて。それから、命の大切さとか、そういうのを知らせたくて」

雲の上の記憶がある子どもたちは、病気で生まれる赤ちゃんのことを、「自分で決めて、そう生まれるんだよ」と語ることが多いようです。

心臓病で生まれ、喘息で入退院を繰り返しているりおくんも、まさに同じことをいっています。

「それは、決めてきた!だって、治すのがおもしろいからね」

同書108P~

ここを読んだときはびっくりしました!

こういう考えを持って子どもたちは生まれてきたの?

病気や、障害を持った子ども、事故に遭う子供、若くしてより先に亡くなってしまう場合もあります。

それらは偶然ではなくて、全部自分で決めてきたこと、別のコラムではお母さんの成長のために、世代に渡って虐待の続いてきた因縁を終わらせるために決めてきた、という話もありました。

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子どもの発達に心配のあるお母さん、発達障害のお子さんを持つお母さん、子どもを見る視点を変えてみませんか?

先天性の障害や病気を持って生まれてくる赤ちゃんたち。中間生の記憶のある子どもに「どうしてだろう?」と聞くと、「みんな、どんな体で生まれてくるか、自分で決めるんだよ」と教えてくれます。

人生のシナリオとして、あえてハンディキャップを選び、勇気凛凛でチャレンジする。今までの過去世でも、たくさんの経験を積み重ねてきて、魂のレベルはずっと先の方まで進んでいるんでしょうね。
だから〝可哀想〞ではなく、〝素晴らしい〞子どもたちなのです。

その子どもたちに選ばれたお母さんの人生も、平坦なものではありません。効率優先・経済至上主義の現代社会にあって、偏見はちっともなくならないし、バリアフリーも掛け声だけ。障害児や障害者をあるがままに受け入れ、個性を大事にする学校や職場は限られています。経済的支援も十分とはいえないでしょう。ショックで、初めは「産むんじゃなかった」と嘆く人だっているはずです。

でも、ママこそが人生のベスト・パートナー。多くの人が「この子のおかげで、人間として大きく成長できたと思います」「たくさんの仲間と出会い、人間の可能性を信じることができました」などと胸をはって語ってくれています。  

 

 かつて日本では、障害を持って生まれた赤ちゃんを「観音様の生まれ変わり」として、大切に考える風習がありました。

 観音様は、正式には観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)。人々がその名を称え、救いを求める声=音を聞きつけたら、即行で飛んできて諸苦難から救ってくれる方です。救いを求める人に合わせて、臨機応変に33の姿に変化(へんげ)して現れるとも言われています。

 仏教の修行の中で、1番重要だとされているのは「利他行(りたぎょう)」といって、自分のことは後回しにして、困っている人(他者)につくし、助けてあげることです。

 障害のある人は、赤ちゃんでも大人でも、周りの人の助けがなければ生きていけません。身近に障害者(児)がいる人は、自然と利他行に励むことになります。

 つまり観音様は、私たちが無理なく修行に勤しめるように、障害のあるお姿にわざわざ変化して、この世に来てくださったという意味なんですね。

 だからお世話をする人は、恩着せがましくいばってはいけない。功徳を積ませていただき、ありがとうございますと、感謝しなければなりません。ましていじめるなんて、とんでもないことです。

 私は、とても深い人間の知恵だと感激しました。お釈迦様や観音様から見たら、生きとし生けるものは、みんな平等。役に立たない人間なんていないんです。

障害者は、その地域共同体の中で、人々を救うという役割をちゃんと持ち、一緒に暮らしている。引け目に思うことは何一つない。近代の福祉より、100万倍も賢いと思いませんか?

コラム 障害や病気を持って生まれること から引用

この話を20年前に聞きたかったよと思うのはここだけの話です(笑)

自分たちのできないことや欠点に目を向けずに良い面も数えていきましょう

子どもに障害があるとわかったとき、集団生活の中に入っていけない子どもを見るとき、どうしてうちの子供だけがと思ったお母さんは多いのではないでしょうか。

過去のわたしがまさしくそれで、子供の問題行動にばかり目がいってしまったからです。

じっとしていられない子どもや公共の場所で声を出したり泣き出したりする子どもは親のしつけがなっていないと思われます。

子どもがどうというより、自分がだめな親だと思われるのが嫌でした。

わたしたちは子どもの頃から成績のよい生徒や運動のできる生徒は優秀で、成績の悪い生徒は劣っていると決められていなかったでしょうか。

息子がクラスの授業の妨害になってはいけない、先生に迷惑をかけてはいけないと思っていたので、何とか問題行動を減らそうと必死になっていたのです。

 

今お子さんの何らかの問題(発達障害、不登校、いじめ、病気など)で悩んでいる親も多いと思います。

努力すること、頑張ることが当たり前の世代の親に育てられたわたしたちは頑張ること、努力して成績を上げることを子ども達に強要してしまいがちです。

勉強するのはあなたの将来のためといいながらもよい点数が取れたら褒める、点数が悪かったら叱る、それは子どものことを考えてはいないですよね。

学校に行かないとか、授業についていけないのは親が甘やかしたから、努力が足りないからと決め付けられたら子どもは気持ちのはけ口がなくなってしまうのです。

学校の先生に何か言われようものなら、何で先生の言うことが聞けないのかと子どもを非難してしまうことの方が多いのではないでしょうか。

先生の言うことより、子どもに「あなたを信頼しているから」と言える親でしょうか。

「あなたはそのままで大丈夫よ」と言えるでしょうか。

子供がいくつになっても良いところを見つけられる親になりたいものです。

成績には評価されないけれども人や物を大切にする心、想像力、感謝する心、純粋な心、素直さ、正直さ、謙虚さなどがこれからは大切になってくると思うのです。

赤ちゃんは生まれてくるとき親のために、特にお母さんの助けになりたくて、自分で選んで生まれてきたという話を聞いた時、子供に対する見方が変わりました。

わたしが親を選んで生まれてくるという本を読んで変わったこと

わたしはたぶん子どもの頃から不平不満、愚痴、文句、泣き言、悪口を普通に口から出してきました。

下に妹が生まれれば競争心が湧き、配られるおやつの量を比べ、集団生活に入れば他人と比べ、自分より優れている人や強い人には従い、劣っていると思えば見下したりもしておりました。

障害のある子供が生まれても何で自分だけがこうなったと愚痴や泣き言を言っていました。

時には人を批判したり悪く言ったり、それが悪いこととは思っていませんでした。

だってみんながやっていることじゃん♪と。

でも、息子は言葉を話さないので、人の悪口、不平不満、愚痴、泣き言、文句を一切言いません。

それってわたしの悪い行いを止めさせるために、もっと言えばわたしの親、先祖の代からの悪い行いを止めるために、わたしを選んできてくれたんだろうか?と思ったらなんともいえない気持ちになったのです。

本の内容をどのように受け止められるかはその人によると思うのですが、わたしはすごく感謝でき価値観が変わりました。

成功したい、自分が変わりたい、経済的にも豊かになりたいと、いろんな成功学の本を読んだり、セミナーに参加したりしましたが、

本当に変わらなければならないのは、わたしの日常生活の魂の成長ではないかと感じているこの頃です。

忙しい日常を送るのに精一杯で、いつの間にか沢山の与えられているものに気づかないどころか感謝もしない、それでいていいことないかな、面白いことないかなと探し回っているのです。

いままで当たり前のようにわたしの口から出ていた社会や人の批判、不平不満、愚痴を言わないと決めました。

わたしを選んで生まれてきてくれた子どもに対して恥しくないよう生きていこうと思います。

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