プロフィール

2015031311080001はじめまして。管理人の中村です。
発達障害の息子と2人暮らしのシングルマザーです。

彼が生まれたのは今から20年前の韓国です。
彼が満2歳になっても言葉がでないので、そのころから病院や保育園や治療センターを転々とすることになりました。

当時は地方の病院でも、周りにも発達障害について知っている人はあまりいませんでした。

言葉の壁、文化の違い、経済的困難、当時はパソコンもなく何をどうすればいいのかまったく手探りの状態でした。

父親はいましたが、子供の治療に関心をもってくれる人ではなかったため、子供に関することはすべてわたしがしなければなりませんでした。

発達障害の子供は音に敏感な子、触られるのが嫌いな子、変化が嫌いな子、物が一定の場所にないと落ち着かない子、時間に厳しい子、手をひらひらするなど意味のない行動を何度も繰り返す子、物を一列に並べる子、、など、こだわりが強いという特徴があります。

保育園に通う前に、電車で片道1時間半かかる治療室に6ヶ月ほど通ったことがありますが、エレベーターが気に入ってしまって、駅に設置されているエレベーターに乗らないと気がすまないので、一駅ごとに電車から飛び出してエレベーターに乗り、次来た電車に乗るということをしていましたし、電車の中を動き回るので周りの目がとても気になりました。

当時住んでいた所は同じ敷地内に高層アパートや4階建てのショッピングセンターがあり、周りはエレベーターばかりです。

息子は玄関のドアのノブに背が届くようになると、自分で鍵を開けて一人で家の外に出て行くようになりました。

今手が離せないとか、もう少し待って~といってもそれが通じません。ご飯が済んですぐだったり、夕方の準備中だったり、そのつどついては行ったんですが、一日に何度もとなると、いい加減疲れてくるわけですよ。

子供の後をついて行き、ちゃんと家まで一人で帰ってこれるか?ということもしてみました。家のこともしなければいけないので、帰ってくるのがわかると一人で行かせることもありました。

ある時はアイスクリームを手に持っていて、どっから持ってきちゃったんだ~~?!とスーパーにお金を払いにいったこともあります。

帰ってくるから自分の家はわかるんだ、今日もエレベーターを一回りしたら帰ってくるだろうと思っていたある日のことです。出て行ってから帰ってきません。普通なら20分くらいで帰ってくるのに、1時間経っても、2時間経っても帰ってきません。いつものコースを回ってみましたがどこにもいません。それでさすがに心配になってしまい、帰宅した夫に言いましたが「そのうち帰ってくるんだろう」とあまり気にも留めない様子です。

夜7時を回っても帰ってこないので警察に届けを出しにいきました。このときも夫は「疲れているんだから、あなたがいってくれば?」という対応でした。

警察では一応届けを受け取るけれども、自宅で待機していてくださいといわれます。届けを出して家に帰っても子供は帰っていません。気が気ではなく、あ~どうしよう!と後悔するばかりです。もしものことがあったらわたしのせいだ!ぼろぼろ涙が止まりません!警察からの連絡を待っていると、ガチャっと音がして一人で帰ってきました!夜11時半過ぎです!!!

今までどこいってたのよ~~といっても説明してくれるわけもありません。ただ、ただ無事でよかった!思わず抱きしめていました。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

それからもう一人で出て行かないように、次の日に扉の上のほうに鍵を別につけて、出かけるときは必ず一緒に行くことにしました。雨の日も雪の日も、台風の日も、暑い日も、、、それが何ヶ月か続いてから、エレベーターに乗らなくなりました。

一人で遊ぶことが多く、音には敏感で見ているテレビを消されたり、11階のアパートの窓から部屋中のものを捨てたり、パニックを起こして人目構わず泣き叫んだり、目を離した瞬間いなくなって、心臓をえぐられるような気持ちに何度なったことか、、、、何でこんなに大変なのかと子育てに自信をなくし、どうしたらいいものか途方にくれていました。

相談できる人がいなくて本当に辛かったです。

お腹を痛めて産んだ子が普通の子と違う、何かにつけて問題を起こす、精神的にも幼かったわたしは神様は何でこんな試練を下さるのかとよく泣いていました。

親の反対を押し切って海外に飛び出したため、実家に泣き言を言うわけにもいかず、周りからは母親が外国人だから子供が言葉を話せないとか、しつけがなっていないと言われ、夫からはお前のせいだと責められ、子どもを置いて家をでてしまおうかと精神的にも追い詰められていました。

父方の親からはお祓いをしろと、韓国の儀式に参加させられ、お盆や旧正月は親戚全員が集まるので、その度じっとしていない子供を何時間も電車とバスを乗り継いでやっと連れて行くのでくたくたでした。

そのうちに息子のように障害のある子どもと一般の子どもが一緒に通う保育園を見つけて、そこでお母さん達との交流を持つようになりました。

でもその当時はわたしがまだ韓国のお母さん達になじめなくて、精神的にも壁を作っていたように思います。

言語治療に通いながら特殊学級のある小学校に入学しますが、学年があがるごとに支援学校への転入を考えざるをえませんでした。中学、高校になると、受け入れてくれるところも少なくなっていくからです。

子供の将来について夫には相談していましたが、お互い考えていることがまったくかみ合わず、このまま韓国で暮らしていたらますます大変になるだろうと思いました。

 

そんな中、以前子どもが日本の支援学校に通っていたという韓国のお母さんに出会います。その方に支援学校を紹介してもらって平成25年3月に子供と2人で日本に帰りました。

 

息子はまったく日本語ができなかったので、先生の言葉は理解できないし、環境は変わるしで大変なストレスだったと思います。

初めの2週間は息子と一緒に支援学校で授業を受けました。

新しい環境になじめるかが心配でしたが、田舎の支援学校は自然に囲まれ、クラスは家庭的な暖かい雰囲気でした。(1クラス5人の生徒に補助の先生も入れて先生が3人!)、生徒の能力に合わせて指導をしてくださるので転入してよかったと思いました。

日本に帰ってからはとにかくパソコンは必要だと思い、パソコンを購入し必死に情報を集めるようになりました。

住んでいるところが田舎であることと、子供を一人で家においておけないため在宅ワークで収入を得ることができないかといろいろ試みました。

物販アフィリエイトの教材を買ってブログを何百と作ったり、ヤフオクで物を仕入れてアマゾンで販売する電脳せどりをしてみたり、、、、、でもまとまった収入になりませんでした!

変な商材を購入してしまったこともあり、生活費がない!!ということもありましたが、でも、不思議なことに必要最低限な分はちゃんと与えられて、飢えて死ぬということもありませんでした。

その後ブログを書くということに専念し、1年半ほど記事を書いているうちに、読んでくださる方やコメントをくださる方が少しずつ増えてきました。

また発達障害のお子さんを持つ方、家族やパートナーや同僚が発達障害で悩みを抱えている方がいらっしゃることを知りました。

 

発達障害のお子さんの障害の程度にもよりますが、保育園などに預けられる前まで、母親と2人きりになる時間が多い時期が、発達障害のお子さんを持つお母様がいちばん大変な時期だと思います。

特に初めての子育てはママも新米で戸惑うことばかりなので、こだわりの強い子供にお手上げになるかもしれません。

うちの場合で言えば、周りの同い年の子供たちが絵カードの意味を理解し始めているのに、息子はわかっていないようでした。

普通小さい子供はママがいなくなると大泣きしたり、外に行けばママの後を着いていくのですが、息子は少しもじっとしていない子で、我が道を行くのでしょっちゅう迷子になってました。

手の使い方も不器用でした。

定型発達の子供よりできないことが沢山あって、この子は生涯こうなのか~と先が真っ暗でした。

でも、知的障害のある子供と定型発達の子どもが通う保育園に通い始めるようになってから、少しづつ変化が見えるようになりました。

子どもが保育園に通うようになったので、まずわたしが精神的に余裕が持てるようになり、同じ立場のお母さん達と情報交流ができるようになりました。

保育園の先生との連絡帳のやり取りでは、簡単な言葉は理解してますよ~、笑顔も見えるようになってきましたよ~という嬉しい報告ももらえるようになりました。

最初は半信半疑でしたが、ある朝、先生に渡す写真かなんかがあったので、「保育園にいったら先生にこれを渡してね。」と子供に見せながら送り出したのですが、その日の連絡帳で、お子さんが朝着いたらすぐ写真を先生にくれましたよ^^という返事が書いてありました!

言っていることがわかってる?!

その日子供をめちゃくちゃ褒めたのを覚えています。

その後の参観日や交流会では、先生の「○○取って来て」とかフルーツの盛ってあるお皿から「スイカちょうだい」とか、「○○ゴミ箱に捨ててね」などの言葉にちゃんと反応していて、随分わかるようになりましたよね~^^という、子供がちゃんと理解していることを確かめることができました!

そのとき先生の前で涙が止まらなかったのは言うまでもありません。

言葉の話せない子供は対話は難しいのですが、ほかの子や先生の言葉を聞きながら、ゆっくりインプットしています。時間はかかりますが少しずつ、でも確実に積みあがっているはずです。

はさみや箸も繰り返し練習することで使えるようになり、簡単な計算や読み書きもできるようになりました。

何かに特化した才能が見つかる時もありますね。

今いちばん大変!と思う方や、子育てが疲れた、もうやめたいと思う方がいらっしゃるなら、お子さんはママの言葉がわかってますよ!とお伝えしたいです。

重度の発達障害の子供にどうせ言ってもわからない、何も考えてないと親や周囲の大人は思ってしまうのですが、全部わかっているし、また、言葉の話せない子はその分敏感というか、相手の心の状態も感じ取るようなのです。

発達障害とはどんな障害で、どんな特徴があるのか、定型発達の人たちがどのように助けてあげればいいのか、学校の選び方、卒業後の進路、受けられる制度など、わたしたちが体験したことも記事にしていきます。

このブログを訪れてくださった方に少しでも助けになり、お役に立つ情報を提供できればと思います。

 

追記(2018.4.24)

2018年3月に支援学校を無事卒業した息子は、3月の終わりから地元の生活介護の事業所に通うことになりました。

新利用者歓迎会では全員が正装して迎えてくれるのだそうで、スーツを新調して参加しました。

学校からの切り替えがスムーズに行われ、事業所の方々も気を配ってくださるのでとても感謝だなあと思います。

生活介護では、クラフト、ファーム、リサイクル、食品加工などがあり、実習で経験したリサイクル班から始めることになりました。

事業所は9時半から15時半で、帰りは16時55分に帰宅します。

地元なので、朝もゆっくりできるし、自然の中でのびのび過ごせるのでよいかなあと思います。

今は早く新しい環境になれていくように、そして人との関わりの中で得ていくものがあればいいと思います。

 

日本の生活に定着するだけで5年間があっという間に過ぎました。

息子は学校を卒業し事業所を利用することになりましたが、これから生きていく時間の方ががもっと長いのです。

親はいつまで元気でいられるのか?

親の亡き後誰かが見てくれるのか?

兄弟がいる人は見てくれるでしょうか?

今は誰もが自分の生活で精一杯です。

国に期待できるでしょうか?

この先何が起こるかわからない、そんなときに経済的な余裕があればまだいいですが、自分の老後、子供の将来まで準備できているという方はどれほどいるでしょうか。

実際はほとんどの方が未来に不安を抱えていると思います。

わたしは日本に帰ってから、私と子供が幸せな未来を生きるために何ができるかと考えてみました。

ただ忙しく毎日を送っていてもなにも変わりません。何か始めなければとブログをはじめたのですが、経済的な不安や未来への心配はいつも付きまといます。

 

障害のある子どもがいても、シングルマザーでも、幸せになれる方法はないだろうか?

試行錯誤しながらわたしがたどり着いたのは、今までの自分の思いや習慣や行動を変えることだったのです。

障害のある子供を育てることだけでも大変なことでしょう。でも自分を責めたり、それを誰かのせいにしたり、国のせいにしたり、どうしてこうなったのかを外側に向けているだけでは状況はよくなっていきません。

『今の現実はあなたが創っている』-この言葉を何十回と聞いてきましたが、自分のものにはなっていませんでした。

あ~本当にそうだったなあとだんだんわかるようになって、変わりたい!と強く思うようになりました。

今は賃貸のアパートだけど将来は子供と二人の家に住んでいいんだ、いろいろなことに好奇心を持って知識を深めていいんだ、信頼できる仲間をつくって一緒にビジネスをしたいと思いました。

息子の通う生活介護の施設に寄付できるくらいお金も稼いで、税金を町に沢山納める人になっていいんだと思いました。

今まで当たり前だと思っていたことは、世間一般の常識であったり、親に言われてきたことだったり、今までの知識や経験や先入観による錯覚だったんだと気づくようになりました。

はじめは周りの子供と違う息子の問題行動ばかりに目が行き、どうすれば周りに合わせることができるか、迷惑をかけないようにできるかということに焦点を当てていましたが、周りと比べてもしょうがないし、子供のできるようになったことに目を向けたらどうだろうか、子供のよいところ、やさしいところに目を向けて、わたしの器を大きくして受け入れる姿勢が大事なんだと思うようになりました。

言葉で言うほど簡単ではありませんが、親の視点が変っていくと子供の違う面が見えてきて、受け止められるようになっただけ親の気持ちも軽くなっていくのです。

そうすると親の心が少し変わっただけで、子供がいとおしく思える瞬間があるのです。

親であるわたしの器が大きくなることにより、今よりもっと息子や周りの人が幸せになることでしょう。

障害児を持つお母さん達に元気になってほしい、そして心の豊かなお母さんたちが増えれば子供たちも幸せになり、更には障害のある方を受け入れる会社や事業所が活性化してほしい、世の中の偏見も変わってほしいと思います。

そのために必要ならお金を稼ぐし、心の持ち方の勉強もしていこうと思います。

子育てで人生に疲れてしまったお母さんに、今の現状をなんとかしたいと思っている方に役に立つ情報を発信できればと思います。

よろしくお願いします。

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